小島がそう記憶のひだをめくってくれた。小島は取材時の2015年に米寿を迎えた高齢だったが、すこぶる菅家の歴史に詳しい。元来、菅家の男たちはもっぱら電力会社に勤めてきたという。

「明治33年に秋ノ宮に椛山発電所という水力発電所がつくられ、そこの所長になったのが菅本家の喜一郎さぁでした。そこには分家の喜久治さぁがいて、これを運営していた増田水力電気が、終戦の昭和20年から東北電力になったんだなす」

 菅家は電力会社と縁が深い。椛山発電所は江戸時代の秋田藩が進めた鉱山事業の「院内銀山」に電力を供給するために設立された。日本に現存するなかで2番目に古い発電所だ。

 義偉の祖父である喜久治は戦後も東北電力に勤めてきた。また菅の叔父にあたる喜久治の三男栄二郎は、東北電力湯沢支店長まで務めている。分家である喜久治の長男として生まれた和三郎には男5人、女5人の10人の弟や妹がいた。父親や弟たちは戦中、戦前から電力会社に勤めてきたが、本人はそれを嫌った。

 和三郎は1940年、満州国の南満州鉄道の就職試験を受けるため、海を渡った。通称、満鉄に勤務し始めたのは23歳の頃だ。元いちご組合長の小島(前出)が回想する。

「和三郎さぁは満州で一旗あげようと満鉄の試験を受けて合格したと聞きました。村の者の多くは開拓団として満州へ入植したけど、和三郎さぁが満鉄に入れたのはコネがあったんだべさ。満鉄では鉄道敷設のために現場を歩いてたって、話してたっけな。現場監督のようなもんだべな」

 渡満した和三郎は秋ノ宮第一尋常高等小学校の教諭だった許嫁のタツを呼び寄せ、所帯を持った。広い官舎に住み、中国人の家政婦を雇って裕福な暮らしをしていたという。

 満州で所帯を持ってから1年後の1944年、長女の純子を授かった。だが、優雅な満鉄勤務の暮らしは長くは続かなかった。菅の長姉、純子に取材したとき、こう語ったことを思い出す。

「終戦を迎えたとき、母は妹を身ごもっていました。1歳の私に記憶はありませんが、妹は逃げる途中で生まれたんです。当時の奉天、今の瀋陽あたりの小学校校舎に身をひそめて母は妹を産んだのです」

 和三郎は一家3人の身を守りながら、まさに命からがら秋田に引き揚げてきた。引き揚げる途中、満州に入植した開拓団の人たちを連れ戻ったとも聞いた。

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